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股関節 片側だけ股関節が痛むのはなぜ?歩き方のチェックポイントと専門医が教える対処法

「先生、最近なんだか右側の足の付け根だけが痛むんです。歩き方がおかしいと家族に言われてしまって……」
診察室では、50代から80代の患者さまから、このようなご相談をよくいただきます。両方ではなく、片側だけが痛む。そして、その痛みをかばうように歩いてしまうことで、さらに症状が悪化してしまう。これは、股関節の悩みを抱える多くの方が経験する悪循環です。
片側だけの痛みは、単なる疲れと放置してしまいがちですが、実は股関節からの「SOSサイン」であることも少なくありません。特に、無意識のうちに歩き方が変わっている場合は注意が必要です。
今回は、整形外科専門医の視点から、片側だけ股関節が痛むときにチェックすべき歩き方のポイントや、その原因、そして今日からできる対策について、専門用語をできるだけ使わずにわかりやすくお話しします。
この記事の内容
片側だけ痛むとき、こんな症状はありませんか?
股関節の痛みは、最初から激痛が走ることは稀です。多くの場合、日常生活のふとした瞬間に違和感を覚えることから始まります。まずは、ご自身の生活を振り返ってみてください。
動き出しや階段での違和感
椅子から立ち上がろうとしたときや、車から降りようと足をついた瞬間、「ズキッ」とした痛みが片側の足の付け根(鼠径部)やお尻に走ることはありませんか?これを「始動時痛」と呼びます。歩き始めれば少し楽になることも多いため、ついつい我慢してしまう方が多いのが特徴です。
また、階段の上り下り、特に「下りる」ときに痛む側の足に体重がかかると痛みが増すのも典型的な症状です。
靴下の着脱や爪切りが辛い
股関節の動きが悪くなると、足を開いたり、曲げたりする動作が制限されます。片側だけ靴下が履きにくい、足の爪を切るときに痛む側をかばってしまう、といった変化はありませんか?これは関節の可動域(動く範囲)が狭くなっているサインかもしれません。
専門医が解説する「痛みの原因」とは

なぜ、片側だけに痛みが出るのでしょうか。もちろん、転んだりぶつけたりといった怪我が原因の場合もありますが、中高年の方に多い原因として、主に3つの可能性が考えられます。
1. 軟骨のすり減り(変形性股関節症)
最も多いのが、長年の使用によって関節のクッションである軟骨がすり減ってしまうケースです。 股関節は、骨盤のくぼみに大腿骨(太ももの骨)の丸い頭がはまり込むような形をしています。健康な状態では、表面がツルツルの軟骨で覆われており滑らかに動きますが、加齢や体重の負荷、あるいは生まれつきの骨の形状によって、片側の軟骨だけが集中的にすり減ることがあります。 軟骨が薄くなると、骨同士が直接ぶつかり合うようになり、炎症や痛みが生じます。
2. 腰からの影響(坐骨神経痛など)
「足の付け根が痛いと思っていたら、実は腰が悪かった」というケースも珍しくありません。 背骨(腰椎)の変形や椎間板ヘルニアによって神経が圧迫されると、その痛みが足の付け根やお尻に響くことがあります。これを放散痛と呼びます。この場合、股関節そのものを動かしてもあまり痛くないのに、歩いたり立っていたりすると痛むことがあります。
3. 支える筋肉の衰え
関節自体には大きな問題がなくても、股関節を支えるお尻の筋肉(中殿筋など)が弱っていると、体重を支えきれずに痛みが出ることがあります。特に片足をかばって生活していると、使わない側の筋肉がどんどん痩せてしまい、左右のバランスが崩れて痛みが固定化してしまいます。
あなたの歩き方は大丈夫?3つのチェックポイント

ここからは、鏡の前やご家族に見てもらいながら確認できる「歩き方のチェックポイント」をご紹介します。これらは私たち医師が診察室で必ずチェックしているポイントでもあります。
ポイント1:痛い側に体重がかかるとき、体が傾いていませんか?
痛む側の足をついた瞬間、上半身がその足の方向(外側)へ大きく揺れるような歩き方をしていませんか? これは、股関節を支えるお尻の筋肉が弱っていたり、痛みから逃れようとしたりするときに出る特徴的な歩き方です。専門的には「デュシェンヌ歩行」などと呼ばれますが、簡単に言えば「痛い足の上に無理やり体を乗せてバランスを取ろうとしている状態」です。これでは腰や背中にも大きな負担がかかってしまいます。
ポイント2:痛い側の骨盤が下がっていませんか?
逆に、痛くないほうの足を地面から離した(一歩踏み出した)瞬間に、痛くないほうの骨盤がガクンと下がってしまう歩き方です。 これは、軸足となっている(痛い側の)中殿筋という筋肉が弱くて、骨盤を水平に保てなくなっている証拠です。「トレンデレンブルグ歩行」と呼ばれ、お尻を左右に振りながら歩くような見た目になります。この歩き方が続くと、股関節への負担が倍増してしまいます。
ポイント3:歩幅が左右で違っていませんか?
無意識のうちに、痛い側の足を地面につけている時間を短くしようとしていませんか? その結果、痛い足を前に出すときは歩幅が小さく、痛くない足を出すときは急いで大きく踏み出す、という不規則なリズムになります。「びっこを引く」と言われる状態ですが、このリズムの乱れは膝や反対側の足にも悪影響を及ぼします。
自分でできる対策と治療の選択肢

歩き方の癖に気づいたら、早めに対策をとることが大切です。ここでは、手術などの大掛かりな治療の前に、まず取り組める保存療法(手術以外の治療)や生活の工夫についてお伝えします。
正しい杖の使い方を知る
「まだ杖なんて早い」と思われるかもしれませんが、杖は「第3の足」として股関節にかかる負担を劇的に減らしてくれます。 ここで非常に重要なのが、杖を持つ手です。 右の股関節が痛い場合、杖は「左手(痛くない側)」で持つのが正解です。 痛い足と反対の手に杖を持ち、痛い足が出るのと同時に杖をつくことで、体重を分散させることができます。同じ側の手で持ってしまうと、かえって体が傾き、逆効果になることがあるので注意してください。
負担を減らす靴選び
靴底が硬すぎる革靴や、ヒールの高い靴、また脱ぎ履きしやすいけれど踵(かかと)が固定されないサンダルなどは、股関節への衝撃を強めてしまいます。 クッション性が高く、踵をしっかりホールドしてくれるウォーキングシューズやスニーカーを選びましょう。中敷き(インソール)を調整することで、足の長さの左右差を補正し、歩きやすくなることもあります。
寝ながらできる簡単筋力トレーニング
痛みが強いときに無理なウォーキングは禁物ですが、筋肉を落とさないための運動は必要です。ベッドの上でできる運動をご紹介します。
外転運動(お尻の横の筋肉を鍛える)
- 痛くないほうを下にして横向きに寝ます。
- 痛いほうの足を、膝を伸ばしたままゆっくりと真上に持ち上げます(20〜30センチ程度でOK)。
- そのまま5秒キープして、ゆっくり下ろします。 これを10回1セットとして、1日2〜3セット行ってみてください。痛みが出る場合は無理をせず、回数を減らしましょう。
専門医による保存療法
クリニックでは、痛みを抑えるための内服薬や湿布の処方に加え、リハビリテーションの専門家(理学療法士)が、お一人おひとりの歩き方の癖を修正する指導を行います。 また、痛みが強い場合には、関節内へのヒアルロン酸注射や、炎症を抑える注射を行うこともあります。これらは一時的な痛み止めというだけでなく、痛みの悪循環を断ち切り、リハビリを行いやすくするために非常に有効な手段です。
よくある質問・誤解にお答えします
ここでは、患者さまから特によく聞かれる質問にQ&A形式でお答えします。
Q 痛みがあるときは、安静にして全く動かないほうがいいのでしょうか?
A 急に激痛が出た場合(急性期)は安静が必要ですが、慢性的な痛みの場合は「過度な安静」は逆効果です。動かさないでいると、関節が固まり(拘縮)、筋肉も衰えて余計に痛みが強くなってしまいます。「痛気持ちいい」範囲でストレッチをしたり、プールでの歩行など負担の少ない運動を続けたりすることが大切です。
Q 変形性股関節症と言われました。将来は必ず手術になりますか?
A 必ずしも手術になるわけではありません。多くの患者さまは、体重コントロールや筋力トレーニング、杖の使用などの「保存療法」を組み合わせることで、痛みをコントロールしながら生活されています。手術は、それらの方法を行っても痛みが取れず、日常生活に大きな支障が出ている場合の最終手段と考えてください。
Q 整体やマッサージに行けば治りますか?
A 筋肉の緊張をほぐすことで一時的に楽になることはありますが、変形した骨や軟骨そのものを治すことはできません。また、強い力で関節を引っ張ったり捻ったりすると、かえって症状が悪化することもあります。まずは整形外科でレントゲンなどを撮り、骨の状態を正確に診断してもらった上で、適切なケアを受けることをお勧めします。
再生医療という新しい選択肢

近年では、従来の治療に加えて再生医療という新しい選択肢も登場しています。特に、幹細胞治療やPRP(多血小板血漿)治療といった方法は、体の自然治癒力を引き出して関節の修復を促す治療法として注目されています。
例えば、脂肪から採取した幹細胞を関節に注入する治療では、変性した軟骨の修復や再生が期待できます。これにより、「もう正座はできないかも…」とあきらめていた方が、再び正座ができるようになったケースもあります。
ただし、再生医療はすべての症例に効果があるわけではないため、適応の有無をしっかり診断してもらうことが重要です。
まとめ:諦める前に専門医にご相談を
「もう歳だから仕方がない」「手術は怖いから病院に行きたくない」 そのように考えて、痛みをひとりで抱え込んでいませんか?
片側の股関節痛は、歩き方の癖や筋力のバランスを見直すことで、驚くほど楽になることがあります。大切なのは、ご自身の関節の状態を正しく知り、適切なケアを早めに始めることです。 変形が進んでしまう前に、歩き方のチェックやリハビリを行うことで、長くご自身の足で歩き続ける未来を守ることができます。
当院では、手術ありきではなく、患者さまのライフスタイルに合わせた治療法を一緒に考えていきます。「歩き方が気になる」「片側だけ違和感がある」という段階でも構いません。どうぞお気軽にご相談ください。 いつまでも自分らしく歩くために、一緒に大切な関節を守っていきましょう。
札幌ひざのセルクリニックでは、患者様の症状に合わせた適切な診断と治療計画のご提案をしております。ひざだけでなく、肩、股関節等の関節、また長引く腰痛などの慢性疼痛の治療も行っております。西18丁目駅徒歩2分、札幌医大目の前にありますので、お気軽に御相談下さい。
院長 川上公誠
(プロフィール)
監修 川上 公誠(整形外科専門医)
札幌ひざのセルクリニック院長
岐阜大学医学部卒業。母が人工関節手術で痛みから解放された経験をきっかけに整形外科医を志し、これまでに人工関節置換術を含む手術を5,000件以上手がけてきました。手術が難しい高齢者や合併症のある方にも寄り添える治療を模索する中で再生医療と出会い、その効果に確信を得て、2024年に「札幌ひざのセルクリニック」を開院。注射のみで改善が期待できるこの先進的な治療を、北海道中に届けたいという想いで、関節に特化した再生医療を提供しています。
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